1. lemon-heart:

    #ef67 #セノハチ

     

  2. "「他人の悪口」
    他人の悪口を言う奴は、気付かずに「自分の弱点」を話している場合が多い。他人の悪口を賢い人に言うと、お前の弱点がばれてしまうぞ。"
    — 

    強面の社長が教えてくれた人たらしテク | コムテブログ (via kogure)

    俺は弱い人間だから悪口をたくさん言わせろ!!

    (via bbk0524)

    (via quote-over100notes-jp)

     

  3. "

    ――86年大会の「マラドーナ、マラドーナ、マラドーナ来たマラドーナ」。非常にシンプルで勢いのあるすばらしい名実況ですけど、山本さんはその時の中継をどんな風に振り返りますか?

    山本:実はかなり出来の悪い放送なんですよ。なぜなら放送というのは始まる前に準備の段階があって、肝心の点が入ったり勝負が動く所まではある程度時間がありますよね。このマラドーナの試合もそうなんですが、前半は点がないわけです。ここでかなり困った。マラドーナがドリブルをする、その度に「マラドーナ、マラドーナ、あっと倒された」と言っているんですね。ですからポイントになる所がつかめていないんです。一方で後半に入ってからエンドが変わって、マラドーナが神の手と言われたヘディングに見せかけて手で入れたゴールがあるんですね。このシーンは一応実況はしているけど、私はヘディングと言っているんですよ。

    ――わかんないですよね(笑)

    山本:ずっとヘディングだと思ってしゃべっているんですけど、そこにイングランドの放送局のプロデューサーが突然各国のアナウンサーに「今のは手だ、おまえらも言え!」と言い回り、私たちの所にも「おまえらも言えよ!」って来たことがあったんですよ。

    ――そんなことがあったんですか!

    山本:日本の代表チームが出ていないから、放送席の場所が極めて悪くてモニターがよく見えないんです。「どうですか、手だと言っている人もいますが」と言ったら、解説の岡野俊一郎さんが「手でもいいじゃないですか、こんなに上手いんだから」とおっしゃった。歴史に残る解説ですよ。そのあとみんなが手だ、と言い出して何度かVTRが出たんですが、その度に「やっぱり手かもしれない」と思いながらその場の実況もしている。そして少し経ってから、マラドーナがアルゼンチンのエンドにいる所でボールが収まり、ターンをしてドリブルで入っていく。この時に岡野さんに聞いた質問が「なかなかアルゼンチンのパスがつながりませんね」で、岡野さんが「なぜつながらないかと言うと…」とずっと解説をし続けているさなかにマラドーナがボールを取っちゃったんですよ。

    ――あはは(笑)

    山本:ですから私は「マラドーナにボールが入ったから実況しなきゃ」と思っているけど、隣で岡野さんがパスがつながらないのはなぜかという解説をしているわけですね。私はまだ当時若いですから、「始まりましたから、ちょっと待って下さい」とは言えない。

    "
     

  4. " パンの材料は小麦で、これは土地が肥えていないとできない。だから、ドイツなど
    北の方はいわゆるパンは食べられない。そういうところではライ麦を作って、黒パン
    を作って食べる。黒パンは、普通のパンよりもまずいもので、「アルプスの少女ハイ
    ジ」で黒パンがすごくおいしそうに描かれているけれども、実際はまずいもの。日本
    で売っている黒パンは、白パンにカラメルで色を付けたもので、別物。日本人だと
    まずくて食べられないそうです。
     ライ麦も作れない所はそばを作り、それを粉に引きクレープを作る。今でこそクレ
    ープはおしゃれな食べ物だけれども、本来は貧乏で悲惨な食べ物。なお、クレープは
    あの皮に果物を挟んだもので、野菜や肉を挟んだものはガレットという。
     あるいは大麦を作りそれを粥にして食べる。オートミールといい、これもおいしく
    ない。大きな食料品店に売っているので、一度食べてみるのも一興だと思う。

     ヨーロッパは料理がかなり発展しているが、この理由として、ろくに食べるものが
    なく、新鮮なものも手に入りにくかったため、半腐りの食べられそうにないものをい
    かに食べるか、という要求によるもの。だから、原形をとどめないほど手を加えたり、
    非常に味の濃いものが多い。シチューなどが典型的。ソースが発展したのも同様の理
    由。
     中世は新大陸発見以前なので、当然新大陸原産のトマト・トウモロコシ・チリペッ
    パー・じゃがいも・サツマイモはない。ヨーロッパの食生活からこれらを抜くと、い
    ったい何を食べていたのか想像がつくだろう。すなわち、ほとんど食べるものがない
    ということ。せいぜい、野菜はキャベツやカブ・人参などくらいだった。新大陸発見
    でヨーロッパにやせた土地でもできるジャガイモが伝わり、ヨーロッパ人の多くが救
    われた。

     農業形態は三圃式という。土地がやせているので、土地を三つに分け、一つで穀
    物を作り、もう一つではカブを作る。もう一つでは土地を休ませ、そこに牛などを
    放し地力の回復を行う。穀物は、北では大麦やえん麦、南では小麦などをつくる。
    で、このパターンを一年で一つずつずらし、三年で一回りする。なぜ、こんなめん
    どくさいことをするかというと、緯度が北なので太陽光線が弱く生物の死骸が分解
    しにくいことと、氷河期の影響で表面の豊かな土壌が削り取られたため、土地が
    やせているから。"
     

  5. "常識とは18歳までに身に付けた偏見のコレクションのことを言う"
     
  6.  

  7. "音楽の進歩が止まったとかよく言うけど、どのへんで止まったかよく聞いてみるとそのひとの17歳ぐらいの時点だったりすることがある。ゲームとかもそう。つまり、そのひとが止まっているだけなのだ。"
    — 

    同意見。

    感性って感受性だから年を取ると鈍くなる。

    思い出は逆に美化が進むので「昔は~」と言い出す。

    作る側の人は簡単に「昔は~」って言わない。

    言ってたらそいつは老害かも知れない。

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    (via mutio)

    若い子にはいろいろなものを見たり聴いたりして欲しいと思う。
    自分は若い頃より楽しめる幅が広がったなと思うけど、一番グッと来るのは思春期に楽しんだものだ。
    思い出補正の力にはかなわない。

    でも、今も新しいものがどんどん出てくる。わくわくする事だってあるし、やっぱ楽しい。

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  8. "

    思いついたので製造現場から見る電力問題とか

    金属加工・製造現場にいると、今の省エネがすべてまやかしと言うか、やっても意味が無い事にしか見えない。だって家庭だの事務職仕事で節電しても、莫大な電力を食う場所がある。金属加工の現場だけはどうあがいても節電できない。

    だって、金属加工は、金属に対してエネルギーによる力を与えて、塊を潰したり形作ったり穴開けたり打ち抜いたり曲げたりするし、溶接機なんて100Aとか余裕で使うすごい現場。プレス機も油圧だろうとポンプ回すし電動ならなおさらモーターの出力=加工能力。

    で、なんで電気でやるかと言うと、エネルギーとしての効率を上げていった結果。ボイラー炊いて蒸気起して…を個別の工場でやるよりも1か所で大規模なエネルギー作って送った方が効率が上がるし取り出せるエネルギー量も多いし無駄が無い。

    そして、これが重要だけれども、なんで電気食ってまで大量の加工機動かして製品作ってるかと言うと、現代の生活を支える為でもあるけれども、よく考えると実は機械自身も生きる為に製品を作ってる。会社とかじゃなくて機械自身の。

    何故かと言うと、現代の生活で身近にある電化製品の回路に積まれてる回路素子や集積回路のリード、足はプレス機でパンパン打ち抜いて作ってる。勿論プレス機にも積まれる部品。

    で、何μだかの精度で打ち抜くプレス機には、クリアランスが極めて小さい精密な金型がセットされる。この金型を加工するのに放電加工が無ければ加工不能。放電加工は切断する場所の材料をプラズマ化させてカットするが、精密な座標点制御は勿論コンピューター。

    そしてそれだけだとガタガタなので研磨仕上げする。無論マイコン制御。何枚か重ねて金型にするので穴がずれると困るから固定するノックピンを埋め込む穴も高精度で開けなければならない。マシニングセンタとか使ってやるとこれもマイコン制御。

    回路素子を作る為の機械自身が回路素子が必要と言う、回り続けないと一気に後退してしまうのが、この現代社会を支える為に必要…と言うか、近代化自体がこうして自らに必要な物を自分で作ってきた。

    現代社会の生活水準下げれば電気減らして行けるとか言ってるけれども、巷に電化製品が存在し続ける限り、機械は動き続けるから節電の意味無し。だって製造現場が電気ないと物作れないから。

    じゃあ製造現場の水準落とせばどうなるかと言えば、現代社会が恐ろしいほど巻き戻されてしまう。だって、電気を使わずに一体何を使って加工しろと言うのか。精度は制御の容易なモーターと人間の感覚を超えたセンサーと集積回路によってここまで来たのに。

    電気を使わない製造→精度が出ない→部品が大型化・低密化→製品が大型化・低スペック化…そうしてどんどん電化製品が無くなっていく。だって電気が自由に使えなければ集積回路にも論理回路にも使われる超小型緻密部品が作れない→抵抗とコンデンサとコイルで出来る物だけになっちゃう

    原発も無くして電気が減れば、作る物も作れないから昭和40年代まで生活水準が巻き戻るんじゃないかな?だってマイコンもチップ部品も作れないんだったら使える物で作らないといけないし。勿論今ある携帯やPCなんて作れなくなる物の筆頭だよ!

    現代社会を支えるコンビニだって消えるだろうね、だってPOSシステム自体が消滅しちゃうし。ATMだって無くなるだろうし宅配便だってあるのかすら怪しい。コンピュータに支えられたシステムだから。

    そう言った事が起こる可能性を考えて、その場合のメリットとデメリットをちゃんと考えて原発反対原発減らせ電力減らしましょうとか言ってるのだろうか?電気を使ってるのがサラリーマンだけじゃないんだぞ。

    原発は危険かもしれないけど、今のマイコンにあふれた便利なユビキタス社会に慣れてしまった以上、その水準を破壊してまで原発を無くせと言うのは、無理なような気がする。
    PanthertypeF

    "
     

  9. "

     【質問】
     「アルプスの少女 ハイジ」に登場するお爺さんが,傭兵となって戦っていたと思われる戦争は?

     【回答】
     おんじがトービアスの母と出会ったのは,軍からの逃亡期間中であったことが原作でふれらているため,1858年には軍を離れていた事が判る.
     逃亡期間が長かったと想像させる文もあるため,1855年まで傭兵をしていたと仮定する.
     以上の推定とナポリの傭兵だった事を合わせると,おんじが第一次イタリア独立戦争(1848~49)を戦っていた可能性が高い.

     ちなみに1880年ハイジ第一部初版の書名は
    Heidi’sLehr-undWanderjahre
    「ハイジの修業時代と遍歴時代」
    である.

    unknown

    ▼ 〔略〕
     そして,何といっても「アヌスの少女ハイジ」.
     どこをどうすれば,あんなおばかな発想(褒め言葉)ができるのやら(笑
     「低燃費少女ハイジ」のあの絵で,アニメ化されることを切に希望します.

     それに比べて,テレビでの「ハイジ」の紹介のされ方の,なんと画一的,発想貧困なことか.
     なつかしのアニメ名場面ベスト50といったような番組ですと,まず間違いなく「クララが立った!」のシーンしかやらないじゃないですか.
     違う.
     間違ってる.
     一番の感動シーンは,アルムおんじ(爺さん)が,あんなに嫌がっていた町暮らしを,ハイジのために決断するところじゃないですか.

     そもそも,ハイジの主人公を誰だと思ってやがりますか?
     ハイジじゃないんですよ.
     爺さんの精神的成長の物語なんですよ.
     でなきゃ1話,2話を使って,爺さんの人となりをあんなに長々と説明する必要もないわけですよ.
     それに比べて同じ1~2話で,ハイジ自身の説明なんて,ほんの僅かじゃないですか.
     これを見ても,どちらが真の主人公なのかは一目瞭然.

     さて,このおじいさん,第1次イタリア独立戦争(1848~49)で傭兵をしていたらしいことまでは判明しています.
     第1次イタリア独立戦争は,サルディニア王カルロ・アルベルト率いるサルデーニャ王国及びイタリア諸国連合が,1848年に開始したものです.
     きっかけは1848/1/12のシチリア革命.
     これで両シチリア王国は「立憲君主制」になるのですが,シチリア住民はこれに不満を持ち,「両シチリア王国に対する独立戦争」を開始します.
     島を支配しているブルボン家に対する戦争です.
     次いで1848/3/17,ベネチア革命が起こり,ベネチアがオーストリアからの独立を宣言します.
     これは翌日,ミラノに波及し,ロンバルディアもオーストリアからの独立を宣言.
     これら地域にサルディニアが味方し,1848/2/23,オーストリアに宣戦布告.
     さらにトスカーナが彼らの味方につきます.

     さて,スイス人傭兵というのは,戦史上,昔から有名な存在で,フランス革命の際にも最後までルイ16世の側で戦って,全滅したというエピソードや,教皇クレメンス5世を逃がすための時間を稼ぐために戦って,やっぱり全滅したというエピソードもあります.
     国土の大半が山地で農作物があまりとれず,めぼしい産業が無かったスイスにおいて,傭兵稼業は重要な外貨収入源でした.
    「スイスは他に輸出するものがないので,『血を売る』ことでしか外貨を稼げなかった.だから絶対に逃げない,命令に忠実である」
    というのが,スイス人傭兵に対する評価でした.
     今日でも,ヴァチカン市国はスイス人傭兵によって警護されていますが,これはクレメンス5世のために殉職した彼らに報いるためのものです.

     おそらく若きアルムおんじも,デルフリ村の他の若者たちと一緒に,出征していったに違いありません.

     しかし相手が悪かった.
     相手は歴戦の名将,ヨハン・ヨーゼフ・ヴェンツェル・フォン・ラデツキー伯爵率いるオーストリア軍でした.
     独立軍は1849/3/23,ノヴァーラの戦いで敗北してしまいます.
     デルフリ村の傭兵たちも,次々と倒れていったことでしょう.
     やがて部隊は壊滅し,兵士たちは散り散りになってしまいます.
     負傷した仲間に肩を貸して,必死に安全なところまでたどり着こうとするおんじ.
     食料も水もなく,口に入るものは何でも食べ,泥水をすすって,さらに体調を悪くする.
     口の中には栄養不良で口内炎だらけとなり,靴も破れて足も血豆だらけ.
     負傷している戦友は,どんどん衰弱していく.

     そしてとうとう彼は歩けなくなり,やっと見つけた,とある廃屋に倒れ込むように横たわる.
     負傷している戦友は,息も絶え絶えになりながら,若きアルムおんじに言う.
    「俺はもうだめだ.
     ここに置いていけ.
     お前だけでも生き延びろ」
    と.
    「あきらめるな! 俺達は二人ともデルフリ村に帰るんだ!」
    と若きアルムおんじ.
     だがそのときには,すでに戦友は意識不明になっていた……

     彼が戦友を置いていったのか,息を引き取るまで一緒にいたのかは分からない.
     誰にも永遠に分かるまい.
     原作によれば,何年もかかってデルフリ村にやっとのことで,命からがら帰っている.
     しかし村人の,彼に対する態度は冷たかった.
     どうやら彼の寡黙さが災いしたらしい.
     しかもスイス人は,『黒いスイス』(福原直樹著,新潮新書)によれば,閉鎖的で他人の詮索好きであるという.
     日本で言えば,富山県の県民性に近いだろうか.
    「戦友を見殺しにして逃げてきた」
    「人殺しだ」
    といった噂が立ってしまい,彼は孤立.
     そのため,彼は山小屋で一人,孤独に暮らすようになったのだった…

     …と,こんなふうに,アルムおんじに感情移入して「アルプスの少女ハイジ」を観ると,クララのエピソードが邪魔に思えてきて,めっちゃ大損.▲

    "
     

  10. "極めてゆったりとした雅楽を聴いて、平安貴族の雅な文化を想像される方は、多いとおもいますが、このような音楽となったのは、実はもっと後の時代のことで、平安時代や鎌倉時代、室町時代、つまり中世より以前の時代の雅楽は、今の雅楽とは全く違う音楽だった、という研究があります。その草分けがイギリスの音楽学者ローレンス・ピッケン(Laurence Picken 1909~2007)です。彼は、今の雅楽のゆったりとした音の進行のなかに、舶来した当時の大陸的・歌謡的なメロディーが潜んでいることを発見しました。すなわち、雅楽は、千年以上の歳月をかけて、何倍も、曲によっては10数倍も “まのび”したというのです。"
     

  11. "「誤った直感は、その多くが『偽装をした願望』なのです。何かをあまりに強く望んでいると、その通りのことを直感した、と勘違いすることがあるのです」"
    — 

    「ツキ」の科学 運をコントロールする技術 / マックス・ギュンター (via highlight)

    ただ、その感覚にしたがったけっか、うっかり自己実現しちゃう人もいますからねえ

    (via kotoripiyopiyo)

    (via shimanashi)

     

  12. "今週の週刊文春「人間は一度手にした文化を捨て、産業革命以前の晴耕雨読の暮らしに戻るべきではないでしょうか」という40代主婦の意見に対し、伊集院静氏が「産業革命以前は農民は重税に喘ぎ、殆どが文盲で晴耕雨読なんて暮らしじゃない。バカか」とバッサリ反論。すっきりした。"
     
  13.  
  14.  
  15. kotoripiyopiyo:

    錯覚gif

    (Source: sizvideos, via tlav95tlav95)